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沿線名所図絵

「京王電車 沿線名所圖繪」は京王電気軌道時代の1930年秋に発行された沿線案内です。引用文中の一部の旧字体は現在の字体に直しています。本資料を提供してくださった橋本特急0700列車さんに感謝します。

表紙

路線図

表面は「京王電車沿線名所圖繪(東京より多摩御陵)参拜近道」と題した鳥瞰図式の路線図です。この鳥瞰図は吉田初三郎氏によるもので、氏独特の技法で描かれたものでした。

沿線大觀

裏面の冒頭には「觀光社」によって書かれた「京王電車沿線大觀」があります。「觀光社」は吉田初三郎氏が経営した会社で、この沿線案内の編集・印刷を行ったところです。

總説

京王電氣軌道は、東京(四谷新宿)を起點とし、甲州街道に沿ふて八王子市(東八王子)に至る三八・五粁を本線とし、更らに調布より多摩川原に至る約一粁の支線、並に北野より御陵前に至る約七粁の支線を併せて、常に新式快速の電車を運轉し、沿線各地と帝都との交通連絡をスピーデイーならしむる一方、明治~宮、明治天皇御聖蹟(連光寺)、多摩御陵、高尾山、多磨墓地等の參拜、並に多摩川原遊園、京王閣、向ヶ岡、百草園等の遊園地に至る最捷路となり、併せて月の入るべき峯もなき武藏野に、今尚殘る名勝、史蹟巨刹舊趾を探るに此上もない交通路である。而も其の中央地點に至る僅かに數十分、日曜、祝祭日等の清閑を利して郊外の風光に接せんとする都市居住者にとっては、蓋し其の便益を蒙ること尋常ならざるものがあらう。

遊覧地としての沿線

本線の中央を流れる多摩川は、古來六つ玉川の一つとして屡々古歌にも詠せられた名高い歌枕で、今や帝都の發展に伴ひ、郊外無二の散策遊覽地として、又屈指の鮎漁場として、幾多の遊園地は河原に、丘上に、獨特の風趣を展列し、料亭茶亭は思ひ思ひに兩岸に櫛比して、櫻桃の樹林、梅梨の園は柳條の緑に交り、郊外住宅地のシークな建物は隨所に散在して、此の古き名所をいつのまにか時代の尖端にまで押し上げて了つた。

而も曾つては長袖風に飜へり、陣雲轉た暗憺たりし武藏野には、その由緒ある名所、歴史ある舊蹟が是等新興の遊覽地を中心として散在し、しかすがに詩人獨歩をして瞑想せしめし面影を傅へつゝ諸氏一日の探勝をまち設けてゐる。

又武藏野以北の地は、古歌の姿を今にとゞめて閑雅靜寂、展望曠豁、炊煙麥隴に棚引き、和平の氣自から襟懐を緩ふせしめるものがあり、多摩の清流を隔てゝ武相甲信の巒峯を仰ぐところ、一抹の雲形疑つては秀峰富士の裾にまつはり、流れては山嶺不滅の雪を彩る等、時代放れのした自然の風光に眼をやすめ、歪められた~經を正しく慰さめることが出來るわけ、殊に眉引かすむ横山多摩の地  大正天皇御陵の御治定あらされてよりは唯一の交通路として參拜の至便を計り、關東無双の靈峰高尾山とは、電車、自動車、ケーブルの連絡完全して、一入の便利を覺える次第である。

多摩川原遊園地と京王閣

多摩川沿岸中第一の佳景に推される多摩川原は、對岸に有名な稻田堤の櫻を控えて、東京郊外中でも屈指の名勝と言はれており、此地をトして京王電車が一大家庭的遊園地を計畫してより既に數年、壹百餘萬圓を投じて今や全く完成し、近郊無比の大温泉遊園地として、其の名聲と實際は、あまねく都人士に知られるやうになつてきた。又、其の「京王閣」は、設備に於て、建築に於て、サービスに於て、景觀に於て、東京の寶塚と唱はれ、更にそれよりも家庭的で上品だといふ定評を蒙つてゐる。

名所の写真

裏面に掲げられている沿線の名所の写真です。

沿線主要名所

裏面の「京王電軌沿線主要名所案内」に掲載されている名所、施設の一覧とその現況です。1丁(町)は約109m、1里は36町で約3.93kmです。

駅名 名所・施設名 方角・距離 現況・関連リンク
~宮裏 明治~宮 南3丁 明治神宮
代々木練兵場 南3丁 都立代々木公園
十二社權現 北3丁 十二社熊野神社
初台 商工省工業試驗場 北1丁 産業技術総合研究所(後継組織)
東京オペラシティ(跡地)
代々木八幡宮 南6丁 代々木八幡宮
幡ヶ谷不動尊 北5丁 幡ヶ谷不動尊荘厳寺
八幡太郎洗旗池 北3丁 高知新聞社員寮
幡ヶ谷 代々幡ガーデン 南2丁
文部省體育研究所 南3丁 筑波大学(後継組織)
渋谷区スポーツセンター(跡地)
安田銀行グラウンド 南3丁 (現存せず)→みずほコーポレート銀行
農科大學 南20丁 東京大学駒場キャンパス
中央女學校 北3丁 (現存せず)→専修大学附属高校
東京高等學校 北10丁 東京大学教育学部附属中等教育学校
笹塚 京王電軌本社 スグマヘ メルクマール京王笹塚
東京女子藥學校 北2丁 (現存せず)→明治薬科大学
笹塚府營住宅 南1丁
方南府營住宅 北10丁
代田橋 松陰~社 南15丁 松陰神社
大圓寺(戊申役戰死者ノ墓) 北15丁 大円寺
堀之内祖師(妙法寺) 北25丁 堀之内妙法寺
京王商業學校 北10丁 専修大学附属高校
成徳女子商業學校 南8丁 下北沢成徳高校
釜寺(身代リ地藏尊) 北10丁 東運寺
松原 二階堂女子體操學校 南1丁 日本女子体育大学附属二階堂高校
宇佐~社 南18丁 世田谷八幡宮
豪徳寺(井伊直弼ノ墓) 南18丁 豪徳寺
青山腦病院分院 南10丁 都立梅ヶ丘病院(閉院)
明治大學移轉地 北1丁 明治大学和泉校舎
西本願寺移轉地 北1丁 築地本願寺和田堀廟所
下高井戸 吉田園 北3丁
大宮八幡宮 北14丁 大宮八幡宮
高千穂高等商業學校 北14丁 高千穂大学
北澤車庫前 覺藏寺鬼子母~ 北3丁 覚蔵寺
北澤 第一土地建物會社住宅 南スグ前 上北沢駅南側の住宅街
玉川上水ベリの櫻 北2丁 玉川上水第二公園
武藏野馬術練習所 南7丁
常盤生命グランド 南7丁 (現存せず)→朝日生命保険
松澤 松澤病院 スグマヘ 都立松沢病院
東京株式取引所グラウンド 北7丁 (現存せず)→東京証券取引所
明治生命保險グラウンド 北5丁 (現存せず)→明治安田生命保険
上高井戸 浴風園 北7丁 社団福祉法人浴風会
上高井戸不動尊 東北6丁 吉祥院
千歳烏山 岩本梅園 北1丁
井ノ頭公園 北30丁 井の頭恩賜公園
京橋區運動場 北20丁 (現存せず)→中央区
仙川 津村藥用植物園 北6丁 津村薬用植物園(現存せず)
白百合女子大学(跡地)
至誠堂病院分院 南5丁 至誠会第二病院
柴崎 深大寺(元三大師) 西北14丁 深大寺
式内郷社青渭~社 西北14丁 青渭神社
國領 玉翠園(有栖川大宮殿下御譽松) 南18丁 玉翠園(現存せず)
白河樂翁玉川碑 南18丁 玉川碑
多摩川鮎漁場(料理店・案内所あり) 南18丁
布田 布多天~ 北西3丁 布多天神社
中の島渡船(櫻の名所) 南13丁
調布 多摩川支線分岐點
多摩川原 玉華園 東1丁 自転車振興会住宅
京王林間學校 南2丁
音樂舞踊學校 南2丁
多摩川原遊園 南3丁 京王フローラルガーデン アンジェ
多摩川鮎漁場(同料理店十數軒) 南3丁
京王閣 南3丁 京王閣競輪場
多摩川水泳場 南3丁
稻田堤の櫻 南6丁
八洲園 南15丁
矢ノ口及菅ノ渡 南3丁 多摩川の渡し
上石原 天文臺 北20丁 国立天文台
八幡~社 南2丁 上石原若宮八幡神社
多摩川渡場 南7丁
多摩川鮎漁場 南7丁
飛田給 押立渡船 南8丁 多摩川の渡し
多摩川鮎漁場 南8丁
百村妙見~社 南1里 妙見寺妙見宮
御嶽教會(普寛講) 南1里 普寛講本部・普寛教会
車返 本願寺(藥師) 南スグマヘ 本願寺
多磨 多磨鐵道北多磨驛 北2丁 西武多摩川線白糸台駅
東京市多磨共葬墓地 北15丁 都立多磨霊園
淺間山 北10丁 都立浅間山公園
是政渡船 南8丁 多摩川の渡し
多摩川鮎漁場(料理店案内所あり) 南8丁
八幡前 八幡~社 南2丁 武蔵国府八幡宮
府中 官幣小社大國魂~社 南スグマヘ 武蔵総社大國魂神社
善明寺(國寶阿彌陀佛) 南4丁 善明寺、鉄造阿弥陀如来坐像
安養寺(淺草觀音分體) 南5丁 安養寺
御殿山(國府址) 南4丁 武蔵国府跡
武國府園(梅林) 南3丁
高安寺 西5丁 高安寺
秀郷稻荷(辨慶の井戸) 西5丁 高安寺秀郷稲荷
目黒競馬場移轉地 南2丁 東京競馬場
分倍河原 分倍河原古戰場 南1丁 分倍河原古戦場碑
谷保天滿宮 西15丁 谷保天満宮
中河原 關戸の渡船 南1丁
多摩川鮎漁場 南1丁
市川梅園 西3丁
一の宮渡船 西6丁
關戸 多摩川鮎漁場(料亭案内所あり) 東北1丁
明治天皇御聖蹟 南8丁
農林省鳥獣實驗場 南10丁 農林水産省農業者大学校
向ヶ岡遊園(稻毛三郎古城址) 南10丁 原峰公園
明治天皇御聖蹟記念館 南10丁 旧多摩聖蹟記念館
小野~社 西5丁 小野神社
赤坂駒飼場古戰場 東11丁 赤坂駒飼場古戦場
百草 百草園 西2丁 京王百草園
御手觀音 西南20丁 清鏡寺御手観音
高幡 高幡不動尊 スグマヘ 高幡不動尊金剛寺
高幡動物園 スグマヘ (現存せず)
平山 武藏野クラブ・ゴルフ場 スグマヘ (現存せず)→都立平山城址公園(跡地)
平山城趾 スグマヘ 都立平山城址公園
由木豊川稻荷 東南25丁 永林寺豊川殿
北野 御陵線分岐點
北野天~ スグマヘ 北野天満宮
打越辨財天 南7丁 打越弁財天(梅洞寺
東八王子 府立高等女學校 スグマヘ 都立南多摩高校都立南多摩中等教育学校
府立染織學校 南1丁 都立八王子工業高校→都立八王子桑志高等学校
府立商業學校 西南10丁 都立第二商業高校→都立八王子拓真高等学校
税務署・公會堂 西南6丁 八王子税務署
市役所 西15丁 八王子市
商業會議所 西北7丁 (現存せず)→八王子商工会議所
織物同業組合 西8丁 八王子織物工業組合
子安明~ スグトナリ 子安神社
藤森公園 西南15丁 富士森公園
信松院 西20丁 信松院
御陵前 多摩御陵 スグマヘ 武蔵陵墓地

沿線市町の紹介

裏面の「京王電軌沿線主要名所案内」には沿線にある調布町、府中町、八王子市の案内文もあります。

調布町

北多摩郡の中央に位し、府中に亞ぐ商業の要區で、南に多摩川、西北に林巒を負ひ、鮎漁の清適地として其名をしられてゐる。調布の文字、そゞろに砧打つ玉川の里を偲はしめ、蒼古の感に耐えないが、今や郊外の住宅地として次第に發展し遂に其の面影を傅へず、僅に多摩川曝臼によって古歌の遺咏を懐ふのみ。

府中町

上世國府の舊地なりしが故に、今尚府中と稱せらるゝ舊址である。其の武藏府址は今御殿山として、大國魂~社の境界に接して保存せられてゐる。街道主要の商工業區で、巨刹あり高閣あり古戰場あり、一日の逍遙に價する古蹟遊覽地でもある。

八王子市

現八王子の濫觴は、天正十八年北條氏照が豐臣氏に亡ぼされた時、其の家臣長田作左衞門特に赦されて弓矢を擲ち、離散した町民を集めて商工業の發達を計たに治まる。徳川氏の領に歸してよりは、武田北條の遺臣を聚めて千人隊を組織し、當地に於て甲州口の備へとした。明治維新と共に~奈川縣に属し、明治廿六年東京府に編入せられ、大正六年九月市制を施行するに至つた。當市が機業地として世にしられるやうになつたのは、約二百年前の享保の頃からで、歴史も古く、信用も厚く、時代と共に改善進歩して、今では年額五千萬圓に達する全國屈指の絹織物産地となつた。人口六萬餘、多摩御陵の御設定と共に、其の表玄關たるの榮譽をうけ、古名多摩横山の庄の名に背かぬ重要都市となつたのである。


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